作品について

Introduction

本作品は、相対する2作品を上演する。第1部は近代童話劇シリーズ第2弾『マッチ売りの話』。アンデルセンの童話と、劇作家・別役実による不条理劇「マッチ売りの少女」を原案に描くオリジナルの物語舞踊。第2部の『passacaglia』はハインリヒ・ビーバーの宗教音楽「パッサカリア」と現代音楽家・福島諭のオリジナル曲から動きを紡ぐ抽象舞踊。無関係にも思えるこれらの作品は、同じ深層から派生した両極である。「物語」と「抽象」、異なる形で表現される2作品は、互いに共鳴し合い、観る者の心にひとつの火を灯す。

第1部

近代童話劇シリーズvol.2
『マッチ売りの話』

演出:金森穣
振付:Noism1
原案:
アンデルセン「マッチ売りの少女」+別役実「マッチ売りの少女」
音楽:
David Lang《The Little Match Girl Passion》より、梅林茂
衣裳:中嶋佑一
出演:Noism1

第2部

『passacaglia』

演出振付:金森穣
音楽:
Heinrich Biber《Passacaglia in G minor for violin solo》、福島諭
衣裳:中嶋佑一
出演:Noism1

Director’s Note

 13thシーズン冬の新作は、昨年夏に始まった近代童話劇シリーズ第2弾となる『マッチ売りの話』(第1弾は『箱入り娘』)と抽象舞踊『passacaglia』の2作品を創作する。本公演は、無関係の2作品を一晩に上演するダブルビル的なものではなく、2つの作品が互いに共鳴し合い、終演後観客の裡に深く重層的な1つの心象を生み出すことを目指すものである。
 『マッチ売りの話』は誰もが知っているアンデルセンの童話「マッチ売りの少女」と、日本の不条理劇第一人者である別役実氏による「マッチ売りの少女」からオリジナル台本を書き下ろして創作する。2つの異なる時代の「マッチ売りの少女」を重ね合わせることで、自己と他者、親と子、そして過去と未来までもが交錯し、善悪の所在すらも流転するような物語を創作する。 アンデルセンの「マッチ売りの少女」において私が興味を惹かれるのは、凍える貧しい少女が、自らの身体(精神)を温めるためにマッチを擦った時に現れる幻影、それが真鍮のストーブや豪華な食器類、あるいは贅沢な料理といった人間の欲望(自然の征服/物欲/食欲など)に満ちていることであり、その延長上に信仰(亡き祖母の霊に導かれて天国へ行く)が語られることである。 一方、別役氏の「マッチ売りの少女」はその不条理な展開の中に、まさにそれら人間の欲望が責任問題を通して語られ、現代人にとっては欲望こそが信仰であり、その責任を誰が取るのかという問いを私たちに投げかける。それは21世紀現在、資本主義諸国における社会的格差是正、いわゆる平等に対する激しい欲望(信仰)、あるいは第三世界における歴史的格差是正のための、テロのような破壊行為に対する信仰(欲望)、その責任問題へとつながっている。 信仰とは何か。我々はその答えを提示するために創作をするのではなく、その問いを発するためにこそ創作をする。それはハインリヒ・ビーバーがその崇高な宗教音楽(ロザリオのソナタ)の最後に、聖母マリアの生涯とは別の、独立した1曲としてpassacagliaを作曲したことへの想い(私の妄想だが)、気高い理想への信仰を抱きつつも、欲望にまみれたこの俗世をその身一つで生きてゆかなければならない現実に対する、痛切な決意のようなものである。
 私たちは歩いて行かなければならない。信じ、打ちのめされ、立ち上がって過去を背負い、一歩一歩大地を踏みしめるように歩いて行かねばならない。たとえその足跡が降り積もる雪に消し去られようと。たとえこの人生が、雪のように泡沫なものであったとしても。この無常なる時の中を。

金森穣
(Noism芸術監督)

About

近代童話劇シリーズvol.2
『マッチ売りの話』

雪の降りしきる寒い晩、
街には寒さに凍えるひとりの貧しい少女がいた。
雪の降りしきる寒い晩、
老夫婦の住む暖かな家にひとりの女が訪ねてきた。

Rehearsal Photo: Ryu Endo

『passacaglia』

本作は
ハインリヒ・ビーバー作曲の
《passacaglia》と
現代音楽家・福島諭の
オリジナル楽曲を用いて
創作される。
ロザリオのソナタ集

本作のタイトルにもなっているpassacaglia(パッサカリア)は、17世紀に活躍した作曲家ハインリヒ・ビーバーの代表作《ロザリオのソナタ集》のうちの1曲である。《ロザリオのソナタ》は、聖母マリアの15の秘跡を題材にした16曲からなるヴァイオリン・ソナタ集で、聖母マリアとイエス・キリストの生涯を「キリストの誕生」「受難」「復活」の3部構成のストーリーに沿った15のソナタと、16番目に置かれた終曲《パッサカリア》から構成される。《パッサカリア》は、聖母マリアの生涯とは別の独立した約10分に及ぶ曲であり、無伴奏のヴァイオリンにより、グレゴリオ聖歌から引用した4つの音をベースに積み重ねられる旋律は、極めてシンプルでありながら、重く確かな足取りを感じられる美しさがある。

福島諭による楽曲

福島はリアルタイムに音響処理を行うプログラム言語Maxを用い、コンピュータ処理と演奏者との対話的な関係によって成立する独自の作曲作品を発表している。本作では、ビーバーの《パッサカリア》の楽譜から抽出した情報に、別の視点を与えることで得られる新たな側面に注目した。ここでは特殊な周期規則が発案され、それに見合うリスト制作とプログラミングが行われている。《パッサカリア》はシンプルな構造でありながら極めて高い芸術性を留めている。それを人知の成し得た「祈りの結晶化」として捉え、音響化作業においては楽曲を結晶化される直前の飽和状態にまで戻すことが目指された。「雪の結晶」の生成やその形状のあり方には、高い上空の大気の状態が大きく関係しているが、こうした関係性が音響化のためのインスピレーションとなっている。
スライド冒頭の3点は福島による音響化のイメージである。
福島諭本人による楽曲解説のフルバージョンはこちら(PDF:2.7MB)

Rehearsal Photo: Ryu Endo

Profile

演出振付:金森穣 Jo Kanamori

演出振付家、舞踊家。りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督。17歳で単身渡欧、モーリス・ベジャール等に師事。NDT2在籍中に20歳で演出振付家デビュー。10年間欧州の舞踊団で舞踊家・演出振付家として活躍後帰国。04年4月、日本初の劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。14年より新潟市文化創造アドバイザーに就任。平成19年度芸術選奨文部科学大臣賞、平成20年度新潟日報文化賞ほか受賞歴多数。
www.jokanamori.com

衣裳:中嶋佑一 Yuichi Nakashima

1981年生まれ。16歳から服を作りはじめ、2004年より、劇団維新派、ヨーロッパ企画、BABY-Q、子供鉅人、contact Gonzo、Noism、unit-Cyan、小澤征爾指揮によるオペラなどの舞台作品に衣裳で参加。2011年より現代美術の分野での活動をはじめる。Noismでは『Nameless Hands~人形の家』、『Nameless Poison~黒衣の僧』、劇的舞踊『ホフマン物語』、『Psychic 3.11』、Noism2『火の鳥』等で衣裳を手掛ける。
http://yuichinakashima.blogspot.jp/

音楽(passacaglia):
福島諭 Satoshi Fukushima

1977年新潟生まれ。新潟大学教育学部特別教科(音楽)教員養成課程卒業。IAMAS修了。作曲家。2002年よりコンピュータ処理と演奏者との対話的な関係によって成立する作曲作品を発表。また、即興演奏とコンピュータによる独自のセッションを試みるバンド、Mimizのメンバー。濱地潤一氏との交換作曲作品《変容の対象》は2009年より開始され現在も作曲中である。賞歴に2014年第十八回文化庁メディア芸術祭「アート部門」優秀賞(大賞なし)など。日本電子音楽協会会員。作曲を三輪眞弘氏に師事。

出演:Noism1 ノイズムワン

りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する日本で唯一の公立劇場専属舞踊団。演出振付家・舞踊家の金森穣がりゅーとぴあ舞踊部門芸術監督に就任したことにより2004 年に設立。プロフェッショナルカンパニーNoism1 と研修生カンパニーNoism2で構成。Noism1はモスクワ・チェーホフ国際演劇祭との共同制作や、サイトウ・キネン・フェスティバル松本のオペラ&バレエへの出演など、国内や海外各地で多岐に渡って活動している。舞踊家たちの圧倒的な身体と鋭い問題意識に裏打ちされた作品、新潟から世界を見据えたカンパニー活動は、21 世紀の新たな劇場文化モデルとして各方面から注目を集めている。

Column

 舞踊家と観客が迷路のように仕切られた空間を移動するという構造から、見る/見られることを問い直した旗揚げ作品『SHIKAKU』(04年)以来常に、金森穣率いるNoismの歴史とは、舞踊を巡る思索の歴史だった。その思索の中で、近年大きくクローズアップされているのが「言語」だ。
 既に『sense-datum』(06年)や『PLAY 2 PLAY―干渉する次元』(07年)にも台詞を発する演者はいたが、『Nameless Hands~人形の家』(08年)では、「nameless」すなわち「名付けられない、言い表せない」といったニュアンスをタイトルに戴きつつ、“支配人”が見世物小屋公演の開幕を言葉で宣言。これはいわば、舞踊という「非言語」と、発話される「言語」との緊張関係を象徴的に示したものと言えるだろう。同作は「見世物小屋シリーズ」第1弾となり、チェーホフの小説『黒衣の僧』『六号病室』を原作とする第2弾『Nameless Poison~黒衣の僧』(09年)、水と声をモチーフに、現代社会に警鐘を鳴らす第3弾『Nameless Voice~水の庭、砂の家』(12年)と、いずれも「Nameless」の付く作品が続いた。
 このシリーズと前後して生まれたのが「劇的舞踊シリーズ」だ。第1弾『ホフマン物語』(10年)では、原作オペラに登場する女性オランピア/ジュリエッタ/アントニアを井関佐和子1人が演じる一方、その相手であるホフマンは3人登場し、さらに妻達も現れる趣向に。第2弾『カルメン』(12年)では、ビゼーのオペラの原作であるメリメの一人称の小説に立ち返り、作者役のSPACの俳優、奥野晃士の台詞と共に劇を進行させた。第3弾『ラ・バヤデール―幻の国』(16年)では、バレエの名作を劇作家・演出家の平田オリザが翻案。SPACの奥野晃士、そして貴島豪、たきいみきといった俳優の発話と舞踊家の動きとが拮抗した。奥野は、金森がプロジェクト単位で立ち上げたカンパニーNoism0の、イヨネスコの戯曲『椅子』をテキストとして用いた『愛と精霊の家』(15年)にも出演している。
 さらに、最新シリーズ「近代童話劇シリーズ」もスタート。第1弾『箱入り娘』(15年)では、バルトーク作曲のバレエ『かかし王子』の王子と王女を“ニート”と“箱入り娘”に設定し直し、SNS時代を風刺した。その第2弾として上演されるのが、2017年の『マッチ売りの話』+『passacaglia』だ。第1部『マッチ売りの話』はアンデルセンと別役実の『マッチ売りの少女』を下敷きとしており、なかでも別役作品は、明快な言葉の奥に、生んだ記憶のない娘と息子が突如老夫婦の前に現れることの不条理や、娘が生活のためマッチを客に擦らせてスカートの中を見せていたというエピソードに代表される戦後日本の闇など、様々なものが蠢いている。一方、第2部で用いられるビーバーの曲『passacaglia』は、無伴奏のヴァイオリンが奏でる整然とした西洋音楽の音色の先に、現代が抱える孤独や信仰の問題を浮かび上がらせる。
 つまり今作もまた、言語や理性と、名付け得ぬ感情との相克という、近年のNoismが扱ってきたテーマを有している。その思索の新たな結実を楽しみにしたい。

高橋彩子(舞踊・演劇ライター)

Schedule & Ticket

新潟公演

全12回

会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈スタジオB〉
入場料:一般 4,000円 / U25=25歳以下 3,200円(入場整理番号付自由席)

埼玉公演

全5回

会場:彩の国さいたま芸術劇場〈小ホール〉
入場料:一般 5,500円 / U25 3,500円(全席指定)
※U25は、彩の国さいたま芸術劇場のみ取扱い。枚数制限あり。

*未就学児の入場はご遠慮いただいております。
*開演時間を過ぎますと、演出上の都合により入場を制限させていただきます。予めご承知ください。
*新潟公演は託児サービスがございます。
託児については詳細ページよりご確認ください。
埼玉公演は託児サービスを行っておりません。

チケット取扱い

● りゅーとぴあ(窓口・電話・オンライン)
オンライン・チケット
http://www.ticket.ne.jp/ryutopiaticket/
チケット専用ダイヤル 
025-224-5521(11:00-19:00、休館日除く)

● 彩の国さいたま芸術劇場チケットセンター(窓口・電話・オンライン)
※埼玉公演のみ取扱
http://www.saf.or.jp/(PC)
http://www.saf.or.jp/mobile/(MB)
0570-064-939(10:00-19:00、休館日除く)

● イープラス http://eplus.jp/

主催:公益財団法人新潟市芸術文化振興財団
共催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉公演)
製作:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館