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Noism1『マッチ売りの話』+『passacaglia』新潟・埼玉公演

1月20日~2月26日の1カ月以上にわたり、新潟と埼玉で上演した
Noism1『マッチ売りの話』+『passacaglia』全17回の公演が終了しました。
 

近代童話劇シリーズの第2弾『マッチ売りの話』は、様々なキャラクターが登場し、
その関係性を背景に不条理な物語が展開してゆく「物語舞踊」。
対する第2部の『passacaglia』は、ストーリーはなく舞踊家たちの身体のみで描く「抽象舞踊」です。
同じ深淵に端を発しながらも、全く異なる形で表出される作品に対し、多くの方から新鮮な反応をいただき、
確かな手ごたえを得ることができました。
 

新潟はもちろん、埼玉でも、公演の日には高い確率で深々と雪が降り、まるでこれから始まる舞台へと誘うような空模様でした。
しかし、一歩劇場に足を踏み入れれば、舞踊家たちの息づかいや、目線、
汗までも間近で感じ取ることができる密空間で、スタジオは連日熱気に包まれました。
 


1月20日の世界初演。あの音と共に明かりがパッと消えた後、スタジオには張りつめた静寂が。
カーテンコールの明かりがついた後もしばらく噛みしめるような間があり、
ご覧になったお客様の驚きが感じられるような一瞬も。
客席からの拍手は、そんな一瞬の間の後に徐々に熱を帯びていきました。
 
新潟での前半6公演は、いずれも完売。
「今度は何を観せてくれるのか?」という期待をもって劇場に集まってきてくださる方々のお顔を拝見し、
ここ新潟が我々Noismのホームであることを実感できる公演でした。
 

▼終演後のアフタートークでは、連日、お客様から様々な質問があがりました。

 

その一部をご紹介します。
・『マッチ売りの話』では、なぜ仮面を被ることにしたのか?
・老婆のポケットは衣裳の中嶋さんのアイデアなのか?
・プログラムや特設ページにもある『マッチ売りの話』の「疑問符の相関性」とは?
・『マッチ売りの話』のなかで使われている曲には歌詞があるようだが、「patience」という言葉がはっきりと聞き取れる場面がある。そこにはどんな意味を込めているのか?
・なぜ1部と2部の場面転換をあえて観客に見せる演出にしたのか?今までもNoismの舞台では舞踊家がセットを動かしている様子はみかけたが、出演者たちがここまでしっかりと片づけていることに驚いた。
・『passacaglia』で用いられた楽曲は、とても荘厳なクラシックかと思えば、いきなり現代音楽になる。それらでどんな世界を描きたかったのか?
・福島諭さんに音楽をお願いした理由は?
・『マッチ売りの話』の最後の場面が衝撃だった。この少女を見て、救いとは何なのかをすごく考えた。どうしてこのような場面をやろうと思ったのか?
・最初の場面の精霊の巨大なスカートが、最初は大きく空気をはらんで膨らんでいるのがだんだんしぼんでいく。ここにはどんな仕掛けが??
等々・・・
 

複数回ご覧いただいたお客様も多く、作品の細かい演出意図や公演毎の発見など、
熱心にメモを取りながら金森の話に耳を傾ける姿が印象的でした。
 

▲新潟公演では毎回芸術監督によるアフタートークを開催しています。
当日に配布するプログラムを片手に熱心にアフタートークに参加する方、他の参加者の質問を聞きながら作品への理解を深める方など、さまざま。
 

 

公演会場では、プログラムのほか、『passacaglia』で音楽を担当した福島諭さんによる楽曲解説も配布しました。
ハインリヒ・ビーバーの楽曲を分析し、そこから見出される法則に従って新たな音が構成されていく過程が解説されています。
その論理を「理解」するのは容易ではありませんが、そこに溢れる福島さんの美学を読みとっていただけたのではないでしょうか。
この解説は、公演の特設ページからもご覧いただけます。
▸掲載ページはこちら
 

新潟での初演を終え、2月初旬には息つく間もなく埼玉公演へ。
Noism1にとっては、2012年の『Nameless Voice~水の庭、砂の家』から約5年ぶりの彩の国さいたま芸術劇場です。
 


▲劇場の壁面には、公演の大看板が。
埼玉公演の初日は、この時期の首都圏にしては珍しい雪空でした。
 

さいたま芸術劇場の小ホールの客席は、スタジオBの2倍の約200席。馬蹄形の劇場です。
一方で、舞台上はスタジオBよりも狭く、奥行きもないため、いろいろな変更が必要になります。
両方の会場でご覧になった方はお解りになったと思いますが、
『マッチ売りの話』では、「老夫婦の家」の前に広がる「道」が、さいたまではカクっとカーブしていました。
1日2公演の日もあり、舞踊家にとってはハードなスケジュールでしたが、全5回公演とも非常に充実した上演でした。
 


 

▼舞台裏その1) 衣裳スペース。1部から2部への転換のときに、ここで素早く着替えています。

 

▼舞台裏その2) 『マッチ売りの話』の小道具たち。

 

普段から様々な舞台を見慣れているお客様の多い首都圏での公演は、新潟公演とはまた違った緊張感が漂います。
終演後はSNS等で観劇した方々の感想があちこちから聞こえてきました。
 
 

そして、そのまま続けての新潟凱旋公演。
凱旋公演1回目となった2月17日は、当日券を求めてご来場くださるお客様が続出し、チケットは完売。
この日も文字通り満席での上演となりました。
SNS等での埼玉公演での反響をご覧になったお客さまもいらっしゃったようで、
埼玉公演を経ての作品の進化を確かめにくるような熱量を感じる客席でした。
 

埼玉公演に経つ前のアフタートークでは、金森が「舞踊家達が本作を通して何を見出すか見届けたい」と語っていましたが、
舞踊家にとっては公演期間が長くなればなるほど、毎回新鮮な状態を保ち、そのうえで挑戦を続けることは簡単なことではありません。
しかし、17回という本番の数を通してしかたどり着けないところへ、今回の公演では行けたのではないかと思います。
1回1回の上演を通して、メンバー一人一人が日々新しい境地を見出し、学び、乗り越え、作品の一瞬一瞬を生き抜いていました。
 

▼千秋楽、終演直後のメンバー

 
 

「物語」と「抽象」という、一見全く異なる2作品を通して、
混沌を極める現代社会に舞踊団にしかできない在り方で向き合った本作。
宗教や信仰、科学や生命…等々、そこに内包される問いは、決して架空の物語の出来事ではなく、
我々が問い続けなければならないことだと思います。
 
しかし、多くの芸術作品がそうであるように、
この『マッチ売りの話』+『passacaglia』も、誰かが与えてくれる「正解」はありません。
だからこそ、ご覧になった方ひとりひとりが、それぞれ感じたことや考えたことを大切に温め、
その経験がこの複雑な世界を生き抜く糧となれば幸いです。
 
 


▲カーテンコールの退場は、毎回舞台奥に向かって。
ゆっくりと、清々しく歩む背中が印象に残りました。
 
 

国内での公演は幕を閉じましたが、4月初旬には、ルーマニア・シビウでの公演を控えています。
場所や国が変わっても、舞台は一期一会。一瞬一瞬に全身で向き合うことは毎回同じです。
ルーマニアのお客様が、この作品を通して何を感じてくれるのか、次なる上演地への期待を込めて、Noismは歩み続けます。
 
 
 

▼本作品の特設ページ http://noism.jp/match_passacaglia/

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