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「能とノイズム」

10月7日、大阪の山本能楽堂にて、「能とノイズム」が開催されました。
ヨーロッパ三大演劇祭のひとつとして知られるルーマニアのシビウ国際演劇祭の総ディレクターであるキリアック氏の紹介がきっかけで実現したこの企画。
日本の伝統芸能である能楽と、「コンテンポラリーダンス」という文脈で語られることの多いNoismからは、想像しにくい組み合わせかもしれません。
しかし、山本能楽堂やNoismがそれぞれ国際的に活動する中で、わかりやすい「ジャポニスム」的なものではなく、その表現の基礎となる身体性・精神性に、極東アジアにある日本という文化背景で培われた共通点を読み取ったキリアック氏に、「是非何か一緒にやるべきだ」と強く勧められたことが始まりでした。
 

Noismのカンパニー名=no-ismには、無主義という意味と同時に、能へのリスペクトも含まれています。また、Noismの舞踊家が取り組むトレーニングメソッドには、能楽師が追求する身体性と共通点が多くみられることが、今回のデモンストレーションを通して語られました。
 

Noismでは、西洋で生まれ発展した舞踊の技法や身体文化と、東洋の身体文化、身体の在り方を融合・再構築し、現在にも有用な方法論として確立することを試みています。
そのための方法として、「Noismメソッド」と「Noismバレエ」という2つのトレーニング方法を開発・実践しています。今回は、その理念に触れつつ、Noismメソッドの一部分を井関佐和子の実演と金森穣の解説でご覧いただきました。
西洋発祥のクラシック・バレエは、垂直軸を基本に、身体を上へ、外へ開いていきます。それに対して、Noismのトレーニングは極めて東洋的な水平軸の発想を取り入れています。身体を横へ、下へ伸ばし、拮抗するスパイラルを意識して身体を動かします。
Noismメソッドでは、床に寝た水平状態から恥骨と仙骨を意識し、骨とそれを包み込む皮膚に至るまで、身体の内側と外側を同時に意識化しながら、高い集中力で各部位を多方向にスパイラルさせることで、全身に「張り= 拮抗」を生みだします。上でも下でもなく、垂直でも水平でもないその間にある身体の緊張感を重視することで「張りのある身体」が生まれます。言葉で説明するのは簡単ですが、その膨大な理論を身体で理解し、体現することが重要です。
会場が能舞台のため、白足袋を履いての実演は床を掴むことができず通常のメソッドとは少し異なる形になりましたが、Noismの追求している身体性の一部を垣間見ていただけたのではないかと思います。
 

山本能楽堂の皆さんには、表現の異なる4つの仕舞「高砂」「敦盛」「熊野」「殺生石」を実演いただきました。解説をしてくださった観世流能楽師シテ方の山本章弘さん曰く、面も装束もつけずに舞う「仕舞」は、すべての基礎。ごまかしのきかない、麺類で言えば「素うどん」のようなもの、とのこと。通常の能の上演では、極端に制約を受けた視野の中、重量のある装束を身にまとい、すり足という独特の動きで演じられることから、それには一朝一夕にはできない強靭な体力と精神力が必要とされます。実はゆっくりな動きに見えながら、そこには強い緊張と「張り」があり、エネルギーが身体の中に充満していることがわかります。実は、「じっとしている」という演技が何よりも難しく、身体的にもつらいのだそうです。
それはNoismの舞台でも同じこと。Noismメソッドができるきっかけになった作品『NINA』をご覧いただいた方にはお解りいただけると思いますが、オープニングの約5分間、舞台上でただじっとしているように見える舞踊家は、極めて高い集中力で身体を多方向にスパイラルさせることで、全身に「張り= 拮抗」をつくり出し、身体中からエネルギーを放射しているのです。
これらのデモンストレーションをご覧いただいた後に、能もNoismも、実際の作品を舞台でご覧いただければ、きっと更なる発見があることと思います。
 


 

クロストークは、日本における創造都市研究の第一人者である佐々木雅幸さんをモデレーターに進行。議論を深めるにはあまりに短い時間でしたが、互いの共通点や関心事に触れつつ、「離見の見」といった世阿弥の言葉が出てきたり、示唆に富んだ内容になりました。客席からは、日本独自の身体表現である「舞踏」や、近現代演劇との関係についても質問があがりました。
興味深かったのは、山本さんも金森も互いに「安易なコラボレーションには興味がない」という点で意気投合したこと。それぞれの専門性がきちんと立った上で深く共作ができるのであれば大変意義深いことですが、ただ単に組み合わせてみただけに留まる企画は、真の意味でのコラボレーションとは言えないのだと思います。それよりも、Noismの舞踊家が一定期間、能の舞いの稽古に本気で取り組む機会をいつか持てれば、という形でトークは締めくくられました。

私たちはNoismの活動を応援しています。