「今、ここ新潟で話を聞いてみたい方」をゲストに迎えNoism芸術監督金森穣との対談を行うシリーズ企画「柳都会(りゅうとかい)」。
今回は、美術家の吉原悠博さんをゲストにお迎えしました。
吉原さんは現在、郷里である新潟県新発田市で、新潟でも指折りの長い歴史を持つ「吉原写真館」の6代目館主を務めるとともに、自らのルーツや新潟の風土・史実に基づいた映像作品を多数発表しておられます。
もともとは、絵画を学んだ後、東京とニューヨークを拠点に活躍し、それまでの美術の枠組みを超えた先端的なメディア・アーティストとして注目された吉原さん。
最初に、自己紹介を兼ねて、これまでに発表されたご自身の作品や、携わってこられたプロジェクト等を映像でご紹介くださいました。
実は、藝術大学の油絵科に進む前の10代の頃から、映画監督や建築家を志そうと考えた時期もあったそうです。
欧米や東京など国内外問わず、時代の最先端を行くメディア・アート界で活動されてきた吉原さんが、なぜ郷里の新発田市に帰り、実家の写真館を継ぐことになったのか。
吉原写真館には、数多くの写真、アルバム、乾板が残されていたそうです。
それらとあらためて向き合い、見つめなおすことでしか、作家として次に進めなくなってしまったとのこと。
何かを理解するためには、自分の場合はそれを作品化するしかない、とおっしゃっていたのが印象的でした。
そのあたりのことは、吉原写真館ウェブサイトのブログ等にも詳しいので、是非あわせてご覧ください。
▼吉原写真館ウェブサイト
http://www.y-ps.com
また、吉原さんは招聘作家として「水と土の芸術祭」にも作品を出展され、今年の芸術祭では金森がホストを務めた「柳都会みずつちスペシャル」にも登壇してくださいました。
その時には話せなかった、話し足りなかったこともたくさんあったので、話題は必然的に「水と土の芸術祭」に。
特に「市民プロジェクト」の意義や、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」との関係性を含めた新潟における芸術祭の在り方、そして芸術と行政の関わり等々、お互い歯に衣着せぬ本音の熱いトークが繰り広げられました。
ただの予算の「ばら撒き」では意味がなく、選ばれた質の高いものを観ることでこそ、その土地に生きる人々の感性が磨かれていくと主張する金森に対して、地域の文化とそれを継いでゆく人の関係性を掘り下げ、「場」をつくることで何かを見出そうとする今の吉原さんの視点。
どちらの視点も必要なもの、そしてこの新潟では、いずれもまだまだ未熟であることは間違いありません。
だからこそ、行政は、文化政策としてどのような哲学を持ち、何を主導していくのか。
今後まさにそれが問われることが明らかになった1時間半でした。
対談は一見平行線のようにも見えましたが、2人の芸術家が、この問題を自分のこととしてまっすぐに捉え、新潟の芸術文化の発展を願うからこその本音であることは、参加された方々の多くが感じてくださったようです。
ただ新潟を通過する芸術家ではなく、ここに暮らしているからこその熱量ある対談でした。
そして、このような議論の場が持たれるということそのものが新潟のキャパシティと可能性の表れだというご意見もいただきました。
実は、吉原さんが本格的に新潟に活動拠点を移された2004年は、Noism設立の年でもあります。
これも何かのご縁。
まだまだ話し足りなかったところもありますが、続きはどこかでまたお話しできる機会もあると思います。